大切な人と愛しい人








跡部と越前が付き合い始め、数ヶ月が経った。

その間にも跡部の誕生日を2人でお祝いし、

恋人としてキスもしたし、体を重ねる関係までになった。

そんな越前リョーマは氷帝学園テニス部の練習を見ていた。

青学の練習を終え、氷帝の跡部に会いに来たのはいいが、

まだ練習は終わっておらず、跡部は少し待っていろ。と声をかけた。

始めのころは学ランの他校生の姿に周りの視線が痛かったが、

跡部の知り合いと分かると、それもピタリとなくなった。

が、跡部のファンたちには煙たがれているようだった。

そんなこともお構いなしに越前は他校の練習風景に胸が躍る。

テニスをしたくて体がウズウズとしてくる。

そんなときは本当にテニスが好きなんだと、実感する。

そんな気持ちを抑えていると練習が終わり、規則正しく部員が片付けを始める。

その途中で自称跡部の友人の忍足が側に寄ってきた。

「お疲れさん、越前」

忍足とは跡部と越前が付き合い始めた時から連絡を取るようになった。

跡部との関係を知っている一人であったし、

プレゼントに困った越前に一緒に選んでくれたり、

アドバイスをしてくれたりと、何かと相談や悩みを聞いてくれた。

そんな忍足に越前は跡部とは違う安心感と安らぎを感じていた。

「忍足さん」

「跡部とはどうや?」

ニッコリと笑みを浮かべる忍足に越前は恥ずかしそうにうなずいた。

それだけで忍足は2人がとても好調な付き合いをしているがわかった。

しかし、忍足の心の奥は少し痛んでいた。

「跡部は優しいやろ」

忍足はそう付け足した。

そんな雑談をしていると部長の仕事を終えた跡部がやってきた。

「越前、悪いがもう少し時間がかかる。部室で待ってろ」

「忍足、越前を頼むぞ」

跡部はそう忍足に告げると再び越前の方を見た。

「越前、すぐ迎えにいく」

そう言ってからその場を去り、忍足は越前を伴い、部室の方へ向かった。



レギュラー専用の部室には皆帰った後なのか、誰もいなかった。

忍足は自分のロッカーを開きながら、

「越前、適当に座っててええんよ」

越前は遠慮なくソファに座る。ふかふかで座り心地がよく、自然とウトウトしてくる。

「そういえば、もうすぐクリスマスやろ、跡部のプレゼント決めたん?」

忍足は声をかけたが、返事がない。

「スースー」

越前は静かに寝息を立てながら、気持ちよさそうに寝ていた。

「かわいい顔やな・・・」

着替え終わった忍足は越前の隣に座ると笑みを浮かべた。

「しかし・・・信じられへんなぁ〜」

越前の寝顔を見ながら、忍足は跡部を思い浮かべる。

あの跡部がまさか、生意気な一年を恋人したと思うと何故か笑みがこぼれる。

「無防備すぎるやろ・・・」

忍足はそっと、越前の頬に手を添えた。

「・・・越前」

無意識にその名を呼ぶ。

気がつけば、忍足は額にキスを落としていた。

「越前」

その声に忍足は体がビクッと震えた。

ガラッと戸が開く音とともに跡部の姿が現れた。

「忍足、まだいたのか?」

越前の隣で座る忍足に跡部は静かに声をかけた。

「越前が寝てしもうてな・・・」

苦笑いをこぼしながら、忍足は席を立った。

「ほな、俺は帰らせてもらうで・・・」

そう言い忍足はドアに向かう。

その間終始跡部の顔を見ることができなかった。

「忍足」

すれ違いざま、跡部はひき止め、面倒をかけた。と声をかけた。

「大したことないで・・・」

忍足はそうつぶやくと部室を後にした。

その後ろ姿を跡部は顔色を変えずに見つめていた。









その夜、忍足は布団の上で眠れずにいた。

気づいてしまった。

自分の心を。

相談に乗っているうちに好きになってしまった。

「フフフ・・・」

忍足は少しづつ大きくなる想いを感じながら、自嘲的に笑った。

『相手は跡部の恋人なんや・・・』

そう想いを抑えることで断ち切ろうとしていた。








数日後、何も知らない越前から忍足の携帯にメールが入る。

跡部にあげるクリスマスプレゼントを一緒に選んで欲しいらしい。

今まで相談に乗っていたのもあり、今回断る理由はない。

理由ならあるが、それは忍足個人の気持ちの問題だった。

自分が我慢すればいいこと。

忍足は返事を返し、学校帰りに会うことになった。

「跡部の恋人なんやから・・・大丈夫や」

自分自身に言い聞かせるように忍足はつぶやいた。


帰りに忍足は跡部に声をかけられた。

「忍足、お前、越前が好きなんだろ?」

忍足の体に緊張が走った。

知られてはいけない気持ち、特に跡部には決して知られてはいけない。

「越前はお前の恋人やろ」

冷静を装いながらも跡部の方を見ることはできなかった。

「別にてめぇのことだ、俺には関係ない。決めるのは越前だからな」

跡部はそこまでいうと言葉を続けた。

「だがな、俺はアイツを手放す気はない」

跡部はそこまでいうと、じゃぁな。といってその場を立ち去ってしまった。

「・・・跡部・・・」

忍足は何も言えずにその場に立ち尽くしてしまった。






学校帰りに越前は忍足と駅で待ち合わせし、何とかプレゼントも買うことが出来た。

公園で2人は少し休憩していた。

「あの、今日はありがとうございます、忍足さん」

越前はファンタを飲みながら、隣で座る忍足にそう言った。

「気にせんといて、俺が好きでしてることや、それに・・・」

越前に会えるから。

忍足はそういいそうになる言葉を飲み込んだ。

「俺、跡部さんのこと何も知らなかったから、忍足さんがいてくれて本当に感謝してます」

そう言う越前の顔はとても幸せそうだった。

「越前・・・」

ズキッと忍足の胸が痛んだ。

本当に跡部のことが好きだということが伝わってくる。

そんな越前を困らせたくない。

でも・・・これからも抑えられるか分からないこの気持ちのまま、

越前と一緒にいるのはとてもつらかった。

「越前」

忍足は勇気を振り絞って名前を呼んだ。

けれども、それから先の言葉が続かない。

越前は不思議そうに忍足の言葉を待っている。

「・・・越前、俺はお前が好きや」

「え?」

越前は状況を飲み込めず、忍足の表情を盗み取る。

真剣な忍足の顔。

冗談ではなく、本気の気持ちなのが分かる。

「忍足さん・・・俺・・・」

驚いた後に困った表情を浮かべる越前に忍足は申し訳なさそうになる。

「困らす気はなかったんや。告白すれば、気持ちが楽になると思うたんや。
ほんまにごめん、越前・・・」

そこまでいうと2人はしばらく会話がなく黙りつくしてしまった。


「忍足さん、忍足さんの気持ちはすごく嬉しい。
でも、俺は・・・跡部さんの事が一番好きなんです」

越前は忍足の気持ちに応えるように静かにそう言った。

振られるのは分かっていた忍足だったが、

目じりに涙を浮かべ、その場から立ち上がった。

それを越前が引き止めた。

「忍足さん、俺は忍足さんの恋人にはなれないけど・・・俺にとっても
忍足さんは大切な人です。一緒にいると安心するし・・・できるなら
今までのように接して欲しい・・・です」

越前自身、身勝手なことを言っているのは分かる。

でもこのまま、さようならというのも嫌だった。

忍足ははぁ〜と溜息を吐くと笑みをこぼした。

「惚れた弱みって奴やな。そない顔したら離れたくなくなってしまう」

フワリと越前の体に体重がかかる。

忍足は越前を優しく抱きしめた。

「これでちゃんと吹っ切るから・・・堪忍してや」

「忍足さん・・・ありがとう」

越前は抱きしめられながら、静かにつぶやいた。




しばらくした後、跡部がその場に迎えに来てくれた。

「忍足」

「跡部・・・越前を幸せにしてやってや」

忍足のその言葉に跡部は笑みを浮かべた。

「あぁ〜誰にいってんだ?」

そういうと、越前を自分の方に抱き寄せた。

「忍足、いずれこの借りは返してもらうぜ」

跡部と越前は忍足をその場に残し、二人は自家用車に乗り込んだ。

その様子を忍足は苦笑いを浮かべて見つめていた。

車の中で、越前は跡部の名前を呼んだ。

「跡部さん・・・」

「越前、忍足のことなら心配ない。明日になればいつも通りだ。
それにお前の気持ちも十分分かってくれたさ」

跡部は越前の方を引き寄せた。

越前も跡部の体にその身をゆだねていた。

「越前、俺は他の誰よりもお前が愛しい」

跡部は越前の頬にそっとキスを落とした。

「跡部さん、俺もこの世界で一番、大切な・・・愛しい人です」


だから・・・俺を離さないで・・・跡部さん。


越前は跡部の体を抱きしめ、自分から跡部にキスを返した。









翌日、越前は跡部へのプレゼンと持って、氷帝のテニス部を訪れていた。

ちょうど、部活も終わっていて、部室には跡部と忍足がくつろいでいた。

「来たか、越前」

「お疲れさん、越前」

2人とも昨日のことが嘘のようにいつもと変わらなかった。

「越前、メリークリスマスやな。これ俺からのプレゼントや」

大きいような大きくないような袋を忍足から受け取った越前はそれを広げてみた。

そこから出てきたのはクリスマスツリーだった。

そんなにゴチャゴチャとしていない飾りのついたツリーだったが、

真ん中に人形が二体ぶら下がっていた。

よく見ると、越前と跡部の人形だった。

「忍足・・・コレお前が?」

「そうや、俺のお手製やで、似てるやろ?」

確かに似ているが、跡部人形が目つき悪く、越前人形が可愛くできていた。

「ありがとう、忍足さん。大切にします」

跡部はその様子をイライラとしながら見ていた。

「忍足てめぇ〜」

「いいやろ、越前が嬉しいそうやし・・・俺はあの笑顔が好きなんや」

そうつぶやいた忍足の頭に跡部の拳が落ちたのは言うまでもない。

その後、跡部と越前は2人だけで過ごした。



おしまい